シルディ・サイババ

 

 
 
 
 
 

護法の守護神 シルディ・サイババ

 

シルディ・サイババ

 

シルディ・サイババは1918年までインドに実在した人物で神の化身と言われています。
シルディ・サイババとは本名ではありません。
本名は不明です。
サイババとは「聖なる父」という意味で、シルディ・サイババとは「シルディ村にいた聖者」という意味になります。
 
インドでは人心が乱れると神が受肉しこの世に現れるという思想があります。
シルディ・サイババはそのような人間とされ、ダッタトレーヤー神の化身と言われています。
(ダッタトレーヤー神とはブラフマー神〔創造を司る〕・ヴィシュヌ神〔維持を司る〕、シヴァ神〔破壊を司る〕の三神が一体になった神です。)
 
シルディ・サイババ(以下 ババ)は16才の時にシルディ村にフラッと現れました。
それ以前のことは何一つ情報がありません。
身長190センチ、なかなかの美青年だったということですが、ババは乞食ということもあり村に入れて貰えず村の外れの木の下に永くいたということです。
その頃は町の住民から無視されたり奇人扱いされ続けていました。
 
ある日のこと、灯油に使う油をもらおうと町に物乞いに出かけました。
町の人々は意地悪をしてババに油を施すのを拒否しました。
仕方なくモスクに戻ったババは油の代わりに水を満たし、聖火を灯し続けたのでした。
それを見ていた人々はババを聖者として崇め始めるようになりました。
 
やがてその青年が数々の奇跡的な現象を起こす只者ではないということが知れ渡ると、多くの人がインド中からババの恩恵に与りたいとシルディ村を詣でる様になったのです。
 
ババの力は特に癒しにおいて発揮されました。
ババの癒しはビブーティーという聖火の灰を使うというもので、それを塗ると病気が治ると評判になりました。
遠方にいる人もババの聖火を有難がり、欲しました。
手に入ることがなかった人も遠方からババを祈るだけで病気が治った人も多かったといいます。
 
100年も前のインドはイスラム教徒とヒンズー教の宗教間の対立が激化している世相でした。
しかし、ババはすべての宗教は一つであるといい、イスラム教徒もヒンズー教徒もババを厚く信仰していました。
 
シルディ村も栄えアシュラム(寺院)もできましたがババは生涯乞食として過ごしました。
ババへのお供えものは多くの信者からたくさん日々寄せられましたが、それをババは更に貧しい人に全て与えてしまって、自分の日々の糧は托鉢で恵んで貰うという生活でした。
なぜ、ババが托鉢をしていたかというと、ババは托鉢で訪問先から残飯を恵んで貰うことでその人のカルマも一緒に引き受けていたからです。
ババは人々のカルマを引き受けていた分、感情の波も大きく、突然怒り出したり喚きだしたりすることも多く気難しかったといいます。
そんなババを見ていた人が「この人は気違いではないか」と心中で思うと、突然その人に「わしは気違いではないぞ」と言ったそうです。
 
神の化身であるため自然界の現象を自在にコントロールでき、あらゆる人の過去・現在・未来を全て分かっていました。
そのようなスーパーパワーを持つ、ババはインドでは知らない人はいない位有名です。
しかし、日本ではほとんど知名度がありません。
日本で有名なのはアフロヘアーをしたサティア・サイババです。
サティア・サイババは自分をシルディ・サイババの生まれ変わりといい、サティア・サイババは2011年に他界しましたが、8年後にプレマ・サイババとしてこの世に転生すると言い残しています。
 
ババは今から約100年前、1918年に他界しました。
肉体があるときでさえ、神の力を容易に顕現できたババは、肉体を捨てた今は益々その力を存分に発揮しババを想う人のために活躍してくれます。
 
ババはこの世を去る時に11の約束をしました。
それがババの11の約束です。
【シルディ・サイババ 11の約束】
 
1.   誰でもあろうとも、シルディの地に足を踏み入れたなら、苦悩は終わるであろう。
2.   私のサマディ(墓)に参拝するならば、たちどころに、悲惨さや惨めさは終わり、有り余る程
  の歓喜と幸せに変わるであろう。
3.   たとえ私の肉体が滅びようとも、私はさらに強烈に信者に働きかけるだろう。
4.   私のサマディー(墓)は、帰依者たちを祝福し、帰依者たちに話しかける。
5.   私はサマディー(墓)でも肉体があったとき以上に活発に元気に働きかける。
6.   私が現世に残したもの(遺骨、杖、サンダル等)はすべて、サマディーからでも語りかけるだろう。
7.   私は永久に生きており、私の許にきて、私に委ね、私に庇護を求める全ての人を助け導くだろう。
8.   もしあなたが、私の方を見るなら、私はあなたを見る。
9.   もしあなたが重荷を投げ捨てるなら、私は必ずそれを持ち去るだろう。
10. もしあなたが私の助言と助けを求めるなら、それは直ぐになされるだろう。
 


ババのサマディーを得るためにインドに行くのは価値があることですが、それもなかなか大変なことだと思います。

外気功療法さいたま院(ヒーリングクァンイン)にあるシルディ・サイババ像はインドの聖者の血液を使った特別な入魂法でババの分霊を納めたものですので、ババのエネルギーが強烈に発せられています。
このエネルギーは日々強くなっているように感じられます。
心が向く方はこの小さな像を参拝してくれても同じようにババは喜んでくれます。
 
また、ババは一つのマントラ(真言)を残しています。
このマントラを唱えることでババとのつながりを深めます。
祈りを込めてこのマントラを日々唱えることをお勧めします。(108回唱えると尚良いです)

 

オーム サイ 、スリ サイ 、ジェア ジェア サイ

 

 

 シルディ・サイババの言葉

「人が愛を込めて私の名を口にするなら、私はその人のすべての願望を叶え、献身の心を強める。人が真心から熱心に私の生活と私の行いを褒め称えるなら、私は常にその人とともにいる。私の魂とハートに結びついている人々はこの言葉を聞いて幸福に感じるであろう。信じるがよい。誰でも私のリーラ(奇蹟)を讃える人に私は無限の喜びととこしえの満足を与えよう。私に絶対の帰依をし、真心から私を崇め、常に私を憶念し、私を瞑想する者に、私は解脱を約束する。私の名を口にする者、私を崇める者、私の物語と私の生活を思う者、そのように絶えず私を憶い続けている者が、どうして世俗的な欲望や肉体の悦楽に心を惹かれることがありえようか。私は自分の信者達を死の顎から救い出す。私の話に心から聴き入る者は、病気にかかることはない。だから尊敬の念を持って私の話を聴き、それらに想いを巡らし、瞑想しなさい。話を消化して自分のものとしなさい。それが幸福で満ち足りている秘訣なのだ。私を信じる者には、うぬぼれと個我意識はない。私の話を聴く者の心は安らぎ、全霊を込めて信ずる者は至高意識とひとつになる。私の名前をただ「サイ、サイ」と繰り返し思っているだけでその人の言ったり聞いたりした罪は帳消しになる。」
「なんでもあなた方の好きなものになり、好きなことを選びなさい。ただあなた方がすることの全てを私が知っているということを、覚えておきなさい。私は万物の内なる統治者であり、あなた方の心に座している。私はあらゆる創造物、可動、不動の世界の全てを包んでいる。私は支配者 - この宇宙というショーを操る人形師だ。私は母 - 万物の源 - であり、3つのグナが調和したものであり、全ての感覚のプロペラであり、創造主であり、維持者であり、破壊者である。私に注意を向ける者を誰も傷つけることはできない。だが私を忘れる者にはマーヤ(幻力)が襲い掛かり鞭打つだろう。全ての昆虫や蟻や、目に見えるもの、動くもの、また不動のものたちの世界は私の身体であり私の顕れである」
「私の帰依者たちの家では、決して食べ物や衣服が不足することはない。心を常に私に定め、心から私を礼拝する帰依者たちの幸福のために、彼らの面倒を見て必要なものを与えるのが私の特性なのだ。主クリシュナもギータの中で同じことを言っている。だから食べ物や衣服を手に入れようとやっきになるのはやめなさい。欲しい物があれば主に乞いなさい。世俗の名誉は捨て、主の慈悲と恩恵を得て神の庭で栄誉を受けようとしなさい。神の姿をしっかりと心に刻みなさい。全ての感覚と心を主の礼拝に捧げ、他のものに心を奪われないようにしなさい。常に私を思い浮かべることに心を定めるなら、心は肉体や富や家といった他の場所を彷徨うことはないだろう。そうすれば穏やかで、平和で、心配がなくなる。これが心が神とよい関係にあるしるしだ。もし心が定まらないのであれば、神の中にうまく溶け込んでいるとは言えない」
「私を最も愛するものは常に私を見るだろう。私なしでは彼にとって全世界が侘しく、彼は私以外の話はせず、止むことなく私を瞑想し、常に私の名を唱える。私に完全に身を委ね、いつも私を思い浮かべる者に私は恩義がある。私は彼に救い(自己認識)を与えることでこの恩義を返そう。私は、私を想い渇望し、まず私に食べ物を捧げなくては何も食べることのできない者の奴隷である。私の元へやって来る者は、ちょうど河が海と合流して一つになるように、私と一つになる。だからプライドもエゴイズムも跡形も無く捨て去り、あなたのハートの中に座している私に全てを委ねなさい」

出典 :  「カリユガを生きる~サイババ聖師物語~」(蝸牛社)

 

 2014年11月 インド修行記 ~シルディテンプル編~

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