私はヒーリングという仕事をとても意義ある人助けの仕事であると熱意を持って取り組んできた。
「きた」と過去形で書いているが、それは今も進行中で身体や心に痛みや苦しみを持つ人を少しでも楽にしてあげたいと、神の力を導きながら来る日も来る日もヒーリングに明け暮れている。
どうしたらそれで多くの人を救えるのだろうか?
より短時間で凄いヒーリングの効果を出せるようになれば、きっと今よりもっと多くの人の役に立てるだろうと思い、今の自分の力を高めるための修行を続けている。
でもそれは幾ら奮闘努力しても現在診れる人数の2倍~3倍位がせいぜいだろう。
さらに、ヒーリングを指導し優秀なヒーラーが育ち彼らが各地で活躍してくれたらもっと多くの人が、幸せになることだろう。
そのようなことばかりを考えているので、他のことを同時並行的にすることができず仕事でも家庭でもおざなりになっていることが沢山ある。
2・3日前のこと、ふと降りてきたのがそれよりもっと多くの人の役に立つ方法だった。
それは悟りを啓くことであった。
悟りを啓くとは人でありながら神のレベルになることだ。
神人合一の境地であり、この世がマーヤー(幻)であることを感得し輪廻の軛(くびき)から脱することである。
これは解脱を得ることでもある。
なぜ悟りを得ることが人の役に立つのか。
人の意識の階層には思考の場である顕在意識とその深層にある潜在意識(無意識)がある。
潜在意識は文字通り普段意識していない意識層なのであるが、それは顕在意識より大きな領域を持ち、顕在意識で私たちが思考している内容に多大な影響を持つ。
さらに潜在意識の奥には個を超えた人という種族全体の集合意識というものがある。
悟りを得る聖者が一人生まれるとその集合意識のレベルというものが上がる。
集合意識が変わっていき、それに連動するように個の意識である潜在意識、そして顕在意識が変わる。
一般大衆の意識を変えようとすると、普通はマスコミやインターネットなどの多くの人が目にし耳にする媒体の力を借りながらその訴えるべきことを主張し感化していくという方法をとる以外にないが、悟りを得る人が出現すると人の集合意識が影響を受け向上していくことになる。
人びとのネガティブな感情、怒りや憎しみ・不安や不満、嫉妬、恐れなどは知らず知らずの内に私たちの思考を支配しているが、そのようなものが思考に昇らなくなってくる。
多くの人のエゴ・執着が薄れていき世の中の無用な争いやトラブルが少なくなっていく。
人の感情が変われば行動も変わるので、それが家庭から社会に波及しより平和で穏やかな愛に満ちた人間社会ができていく。
悟りを得た人の意識のパワーはそうでない一般人のパワーの何万倍に相当する。
さらにアバターと呼ばれる神の化身のレベルになると普通の人の7000万人分のパワーを持つという。
幾何学的に強力なパワーを持つことができ、その力によって人の目に触れない聖者は瞑想の深みの中で世の人の意識を導いている。
一介の凡人である私のような者がこのようなことを考え、こうして寄稿しているのはこれもきっと無名の聖者やこの世と違う次元にいるアセンデッドマスター達のお蔭であろう。
15年前には一般の会社に勤め、同僚や取引先のことなど微塵も思いやることなく自分の生き残りのために修羅のようなドロドロとした毎日を送っていた人間にしてこのような考えを持つように至るのだ。
これは自力で至ったというより、こうした見えない力のお導きによってなされたものと思う。
思えば実にありがたく感涙に耐えない。
とはいえ、悟りを得るというのはそれを成し遂げた者が周りにいないように簡単なものではない。
それは法という特殊なテクノロジーが必要となるという。
法は人の目に触れるところにはない、本やインターネットなどを幾ら捜したとしても出てこないだろう。
人知れず極々一部の人が累々と伝承しているものであり、自分自身の意識レベルが向上しそれに相応しい段階まで来ると神のお導きで自然と巡り合うのではないかと思う。
悟りに達するのは容易ではないであろうが、それを成し遂げるだけの価値はそこにあると今回のインスピレーションで分かった。
ヒーリングという現在の仕事も意義があると思うが、ヒーリングによって痛みや苦しみが癒されたとしても、クライアントはまた違った問題と遭遇すれば別種の悩みや苦しみにとらわれることになる。
それはそれで学びの課程という一面があろうが、意識のレベルを引き上げてあげることができれば労することなく容易に解決の糸口が見つかることだろう。
または、その問題そのものは不要ということになりそれが現出することもなくなるかもしれない。
人を救うためのより根本的アプローチとはその人の意識レベルを上げるよう導くことだ。
今の仕事は生涯の仕事と思っているがもし辞める時が来るとしたら、自分が悟り(サマディー)に達したときだろう。
その時には多くの人が自分と同じ境地に達することができるよう人知れずどこかで祈り続けているに違いない。
【2012年1月24日】